WORKS
自彊不息(じきょうやまず)

大阪自彊館はあいりん地域(釜ヶ崎)※の環境改善と労働者の宿所提供を目的に設立され、明治、大正、昭和、平成、令和の五元を経て、今年で113周年を迎えました。
※あいりん地域(釜ヶ崎)=現在の大阪市西成区北部地域
設立の経緯は、明治44年に内務省の一行が当時のあいりん地域(釜ヶ崎)を視察し、薄暗い木賃宿で生活する大勢の労働者や野宿生活者の窮状を見て「何とか出来ぬものか」と声があがりました。
そして、案内役として随行していた大阪府警の保安課長であった『中村三徳※』に役目が与えられ、大阪自彊館が発足しました。
※中村三徳=大阪自彊館、大毎記念中村塾(現 八尾隣保館)創設者
創業の地:大阪市西成群今宮村
大阪自彊館命名の由来と理念
法人理念:自彊不息(じきょうやまず)
揮毫 厚生大臣 灘尾 弘吉氏
中村三徳
自彊とは「自ら強くする」という意味です。古代中国の書、易経に「天行健なり。君子は自彊息まず」とあり、ここからの出典です。「天、つまり宇宙の動きは、太陽、月、星すべてが整然と動いており、寸毫の狂いもなく正確である。(それと同じく)人々が模範と仰ぐ君子は、自分で努力を続け、一日一刻も休むことを知らない」という意味です。
貧しい人々のための施設を開設するにあたり、ことさら「自彊」を冠したのは、開設する4年前に公布された、戊申詔書の趣旨を実践に移したと言えます。
中村三徳はその趣旨を大阪で実現するため「大阪自彊館」と名付けました。
その後、コレラ患者の受け入れ、第一簡易食堂(米騒動時代に格安で食事を提供)、授産事業、家族寮(低所得者向け簡易宿泊所)など、制度や資金の裏付けがない中、生活困窮者支援をはじめ様々な福祉ニーズに合わせ、事業を展開しました。
第一簡易食堂
家族寮
大阪自彊館の理念はその後、吉村敏男に託され、吉村靫生(ゆきを)、吉村和生、現理事長の川端均に受け継がれています。現在は救護施設7施設を中心に、高齢者支援、障がい者支援事業等を多角的に運営しています。近年では令和4年7月に救護施設JIKYOを開設しました。
救護施設JIKYO
大阪自彊館の原点である生活困窮者支援として、新たに法人独自事業「緊急一時保護所※」の運営を行っています。 ※緊急一時保護所=生活困窮、DV被害等の様々な理由が相まって、既存の制度では対応できない住居を喪失した方を一時的に保護し支援しています。対象は主に母子、父子、家族、行き場のない刑余者、単身女性です。


対象者に衣食住環境を提供し、公認心理師、社会福祉士、精神保健福祉士等の専門資格を有する職員が、次の安定した居住地や生活スタイルを確立させるため、依頼してきた機関とともに支援していきます。
これからも「自彊不息」の精神を継承し、時代のニーズに対応しながら、社会福祉の課題と真摯に向き合い、地域社会に信頼される法人であり続けたいと考えています。
社会福祉法人 大阪自彊館
〒557-0014 大阪市西成区天下茶屋1丁目3番17号